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31 posts from May 2007

May 29, 2007

退屈

昨日から寒い。前日比-8℃とのこと。着る服を間違える。もはや鼻水が止まりません。


毎日何を考えているのかというと、一週間はあと何日だとか、夕飯はどう済ます、カーテンのサイズは・・・・。雑草が生えるのはプロセスの一部で、最終的には地上を治癒しようとしているのかもしれないなどと。ナウシカの腐海のような。そう思うと、地球は元に戻ろうとしている様に見えてこないでしょうか。人間は必死に阻止してます。可笑しい。


ある写真家は、“道”を作る事で草木が、生き物たちがたくさん殺されると。虫たちを殺しながら自動車は走っていると、自動車会社からの仕事依頼を断ったそうだ。人間は自然と共存ができない下等な種だ、という考えも示している。僕はそれについて想いにふけり・・・・。

ふけるだけ。これじゃ自慰と変わらない。
ブログも意味があるのかな。どうでしょう。

“活動”をしたい。自分の感性を脅かす存在が欲しい。退屈です。

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May 28, 2007

ようやくSuica買いました

そういえばSuica買いました。

いちいち切符を買う必要が無くなったのでとても便利です。特に渋谷のハチ公口などは、奥の切符売り場までいかずに、すぐ改札に入れる。JRでもメトロでも、料金表を気にせずに利用できるので早いし、助かります。美術館などは初めて行く場所が多いので。

070528それから、Suicaの為のパスケースを選ぶ楽しみができました。なんでもポケットに入れて出し入れするので、失くさないようにコード付きのが良いです。

何かよくわからないけれど大変気に入っています。

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May 27, 2007

「死期盲」 キキダダマママキキ著

詩に興味を抱いたのは、downyの青木ロビンを知った為。硬質で緊張感のある詩を求めジュンク堂の現代文学の棚を物色。けれど詩なんて赤子の手をひねる程も分からない。カンだけが頼りだ。いくつか拾い挙げた中、どうしても頭から離れなかったのがこのキキダダマママキキの『死期盲』だ。目的の詩とは違うが。

第一印象としては、“レストランで紙ナプキンを襟元にキュッと詰め込むと、ウェイターに2人掛かりで否応なしに次から次へと口に料理をスプーンで押し込まれていく。着飾る衣服はこぼした汁まみれ。”そんな感じだ。一節を紹介します。

 

  赤い原っぱで
  受話器をかばんに入れて持ち歩いていると
  「あなたは誰と話しているのですか」
  「誰もいませんよ」
  すこーん、という音がする
  (昨日の落雷によって割けた木のあいだに
  浮かぶ胎児が
  発見されずに激怒し
  手足を歯茎で切り落とし
  爆笑し始め)

(「排血」より抜粋)


この詩集は何かおかしいぞ。と感じた。でも猟奇的な表現だけではない。



  ガッシャーンと
  寿司を食いながら

(「舞えば(引き戸が飛び、昼は跳ねて夜の針が降りそそぐ/」より抜粋)



  人は
     塩だね
         海水だね
         人に会って潜って――
         水族館を下から温めて

         生まれたのですよ

  水族館め!


(「火葬場(大切なものは必ず消えますので先に消えます、・・・・・・)」より抜粋)



例によって意味はわからない。けどなにか楽しい。音楽でいうところの不協和音や変拍子、ブレイクビーツのようなものか。なるほどと思った。詩人は言葉で遊ぶのだな。
そんな中に、時折はっとするような言葉も登場する。



  海は近い、けれど近い

(「乳の民」より抜粋)


  どうして人は同じような形をした
  人をすきになるのですか 

(「弱々しく立っている、革命的な」より抜粋)


  自然を絆創する
  自然すべては人にとって
  剥き出しの傷だから

(「根にある井戸・・・・・・、母斑」より抜粋)



詩学の世界は思ったよりしっちゃかめっちゃかでディープなようです。
ところで、とうとう詩になど興味を持ってしまって、僕はいったい何処へ向かっているのか。単純なので、あまり変なモノに影響を受けすぎないようにしたい。もう少し別なの探します。

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May 25, 2007

買い物

雨の日。

CDを買いにタワレコ渋谷に。近所であちこち探すより、ここに行くのが一番手っ取り早いのだ。しかし、行ってみると2Fの邦楽フロアは全面休業中…。

これはひどい…。タワレコが休むなんて誰も思わない。他に渋谷には用事はなかった。HMVにも欲しいものはなかった。帰り際、丸井の明治通り側の広告が、一面Y'sになっているのに気付いた。正直「辞めて」と思った。渋谷の街はあまり僕の好みではないのだ。

さっぱりとタワレコ新宿へ。downyの全作品、Dhal、eksperimentojを買った。一度にこんなに大量に買ったのは初めて。今“音楽”の波が来ているのだ。そうそう無い。黄色いカードも一瞬で真っ黒になって2枚に増えた。

帰宅して、無印で寝具とガーゼシャツを衝動買い。ジュンク堂でキキダダマママキキの詩集を。もらった券でくじ引きをしに行って、見たことも無い駄目菓子をふたつ貰った。“はずれ”という空気が漂う。

個々については、ゆっくり感想していこう。

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May 24, 2007

藪医者

今日は会社の健康診断。検査は採血、心電図、胸部X線、尿検査、診察、その他色々と盛りだくさんだ。とりあえず注射が痛かった。何年振りだろう。痛かった。



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医者といえば、大学生の頃バンドで歌い過ぎて喉を潰してしまい、痛いので近くの中規模の医院にかかったのだが…。ばい菌でも入ってなければいいけど、くらいに思っていたところ、

 『ぜんそくです』

と言われた。…全く意味不明であった。あまりに素っ頓狂な事を言い出すものだから、

 「違います」

と返したら、『っ!私達(女院長)はあなたの病気を治したいと思って言ってあげているんですよ!?あなた自身がそういう考えでいたのでは、どんなに私達が云々……』と、ものすごい恩着せがましい事をネチネチと言い出した。驚いた。この医者は人間的に受け入れ難いものがあった。そしてこの組織は何かがおかしいと感じた。

診察で、身体にアトピーの症状を見つけた彼女は、説明も無しに白いステロイド軟膏をつけようとしてきた。冗談じゃない。こいつは医者失格だと思った。

その後、『これからは当医院でぜんそくの治療をしますから』、と丸め込まれてなぜか点滴…。点滴の必要性は全く理解できない。点滴は実に長かった。そして体質改善の為とアルカリ性の水を大量にもたされ、診察代も高くつき、ひどい目にあった。点滴のおかげで肌艶だけは見違える程よくなったが。「また来なさい」と命令されたが、二度と近寄ってはいけないと思った。



この医院は、引退したはずの前院長(女院長の母親)が、院内をうろうろしてうるさく口だししたりしていて、騒々しく、ワンマンというかなんだか妙な雰囲気があった。あんな違和感のある医院は初めてであった。

近所のお年寄りはそこに通っている様子で、大丈夫だろうかと怖くなった。そこで働く若い看護婦達も、早く職場を変えた方がいいんじゃないかと心配になった。

ヤブ医者とはこういう事を言うのかと心底感じた出来事であった。

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コンクリート

仕事のある平日は、特に書くようなおもしろい話題はなかなかない。

昨日は、玄関前にひっくり返っていたコクワガタを、アルテシマに留まらせた。幹の窪みに水を貯めてやると、やがて、警戒して開きっぱなしであったハサミを閉じて、背を丸めて舐め始めた。その後は緑の茎をよじ登ったり降りたり。その理屈付けのしようのない様子を眺めていたら寝てしまった。


植物と虫同士はお似合いだなと思った。人間にはコンクリートがお似合いか。

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May 22, 2007

downyの詩の世界 3

(同じ話題が続いて申し訳ないですが、今回で最終回ですのでどうぞお付き合いください。)

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詩の解釈はたくさんあると思う。「暁にて・・・」について、曲がりなりにも解釈を試みた。


時刻は夕暮れ時の太陽が地平線に近い頃。夕立だろうか、先程まで雨が降っていて、今ははれた厚い雲の間に青い空が戻ってきた。地平線に近くなるにつれ空はうっすらと赤みを増していく。「鄙びた緋目緋色」、「青の迫撃」とはそういう事ではないだろうか。

主人公が歩く道が淋しく鳥すらもいないのは、先程までの雨のせいなのか、場所柄なのか。主人公の心情と重ね合わせて見ているような気がする。

心情は暗く、不本意な想いを抱いている。背中に「太陽」の温度を感じ、身体は照らされ、また「影」となって輪郭をあらわにされている。まるで、隠してしまいたい今の自分自身を、しかし太陽光によってさらけだされてしまっている様な、そんな錯覚を感じているのではないだろか。

さて、「血の色の額」とは何を指すのか。振り返り、目にした太陽の事だろうか。照らされた自分か。わからない。


そして、道端に生えている「薺」を目にする。「銀色」なのは、雨のせいで水滴がつき、光を反射しているからではないだろうか。「知覚を一瞬で砕く」というのが難しい。それを見た主人公は眩しさを感じた。物理的にというより、心に強く滲みたという感じか。難しい。薺は、人が手入れをしないような荒れた土に力強く根を伸ばし、そこに静かに生きている。「芥」とはその土、地べたを指しているのでは。

主人公は薺と自分と対比させる。そしてもう一度自分を問う。





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これが正しいとは、正直思えない。でも、そういう真意はさておき、読んで想像していくにつれ、「説明とは違う、これが紛れも無い“表現”というものか!」と感動したのである。なんて素晴らしい伝え方だろう。もっと文学に触れ、たくさんの詩を読みたいと思った。

これからは、僕も夕日に出会ったら、「鄙びた緋目緋色だな」と。いよいよ雲がはれたならば、「青の迫撃だ!」と、こうやってみたいものである。

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May 21, 2007

downyの詩の世界 2

暁にて・・・



刹那に駆られるのは、
 雨の余韻のせいです。
鄙(ひな)びた緋目緋色(ひめひいろ)だ!
 青の迫撃だ!


通りは唯、侘びしく
鴉(とり)の子にすら会えんとは!
 抑揚の音は
 今は何処へ・・・。


疲れきった瞼に
 アブサンを流し――歩く。
太陽を背に茹だった
 太陽を背に撃たれたし――惨!


(淡く光る落日が、血の色の額が、歩く影が・・・。)


憶!
 銀色の薺(なずな)は知覚を一瞬で砕く!
一瞬で砕く!
 芥をも砕き・・・
 居座った・・・。






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downyの「暁にて・・・」という曲の詩です。

初めはさっぱりだったが、何度も読んでいくちにイメージが頭の中に浮かび上がってくる。緋目緋色とは、青とは何の色を指しているのか。薺(なずな)はなぜ銀色なのか。知覚を一瞬で砕くとは。ひとつひとつ考えた。

(とても感動したので、他の人にも知ってもらいたいと思い掲載しました。)

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May 20, 2007

downyの詩の世界 1

引き続きdownyの話だが、Vo.の青木ロビンが綴る詩がすごい。この場合、 “歌詞”というよりは“詩”と表現した方がしっくりくる。僕は詩なんて読むのは国語の授業以来だが、これはすごくおもしろい。内容は難解だし、漢字すら読めないものもあるけれど。

句点(。)を置く場所を限定することや、括弧(「)が始まりしかない表現手法は、僕もわかる。しかし、文体が僕の中では衝撃的だ。知的な文章というものは、ストイックで丁寧な言葉使いと、起伏の少ないクールな物言いだとずっと思っていた。が、しかしそんなものはここではくそくらえだ。「~じゃねえ」「~だぜ」という文末や、「!」がちらほらと出てくる。静かで激しくて、読んでいくうちに、自分の中をぐちゃぐちゃにされていく感触だ・・・。

これは参った・・・。知性と激しい破壊衝動が混在している。心情がリアルだ。すごいと思った。「果たして、知的であるという事は、激しい感情の起伏を偽り、クールを装うことなのか?」とずっとわけがわからなくなっていたけれど、やっぱり違うんだ。自分の母国語すら操れずにいたなんて・・・。

文学に興味が湧いてくる。

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May 19, 2007

「downy」 3rd / 4th

絵画者“中村宏”ばりに言うなら、「耳に飛び込んでくるもの、それは、事件だ」。downyというバンドとの出会いはまさに事件であった。

070519もう、部屋にあるCDは全て投げ捨ててしまってもいい!そう思える程素晴らしい音楽だ。タワレコのサイトでたまたま試聴したのがきっかけなんだが、「アナーキーダンス」という曲のわずか一辺を聴いただけで凍りついた。知的でいて破壊的で、あえて分かりやすく表現するならば、「RADIO HEAD」をハードコアMIXした様な感じと言えばいいのか。こんなバンドが日本にいたなんて、「日本人すげー」と思った。

例えば、天才(画家でもピアニストでもいい)が苦悩しもがき苦しみ、時に頭をかきむしりながら叫び散らすような、そんな情景が僕は大好きだ。この音楽の好きなポイントはたくさんあるけれど、特にこのバンドに漂う、知性と才能が溢れでてしまうが故の危うさがたまらない。詩も全く意味がわからない。メンバーに“映像担当”もいるらしい。

アートとの結びつきは、テクノやエレクトロニカ、JAZZの方が強いのかなと思っていたけれど、ロックバンドでもいける、と思った。

TOWER.jpで試聴できます。

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May 18, 2007

「REDRUM」 1st

久しぶりに「やばい!」と唸る良いバンドを発見した。それも自分の部屋で。

070518 このREDRUM(レッドラム)は女性Vo.のインディーズのバンド。日本。一言で言うならば「憂鬱」。このCDを買ったのはかれこれ7年も前だ。当時、知り合ったばかりの女の子に、「暗くて悲しめのが好きなら」と進められて買った。一緒に進められた「COCK ROACH」は好みではなかったが、これはまあまあ嫌いではなかった。でも、その頃の“エモコア”路線まっしぐらであった僕には物足りない音で、すぐに聴かなくなった。その後も、何年かおきに引っ張り出してきては聴いてみるも、70%ぐらいの満足度。またすぐしまっていた。

その間にも、音楽の好みは変化していき、時間とともに深みを増していく。「RADIO HEAD」や「bjork」を好きになっていった。同時に、最近台頭しているポスト・ロックのバンドや、「DENALI」などのクリーントーンのギターのバンドにはまっていった訳だ。

前置きが長くなったが、ここにきて、またふとREDRUMを聴いてみる気になったのである。そうしたら、これがもう『すーごいかっこいい』。メロディに若干時間の経過を感じるけれど、でも彼女の歌声は日本人らしい湿っぽさを帯びていて、逆に独特の世界観を作り出しているように感じる。それぞれのパートの、曲へのアプローチもすごく良い。これがインディーズなのかと疑うくらいかっこいい。100点。聴いているとゾクゾクする。

残念ながら、現在は無期限休養中らしい。とりあえずCDを揃えにくり出さなくては。

TOWER.jpで試聴できるようです。

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May 17, 2007

虫たちとの思い出

黒やモノトーンの服の人だけを集めたスナップがあれば面白そうだと思った。大人の。



子供の頃は虫が大好きで、いつも虫を捕まえて遊んでいた。特に、身近なオオカマキリとカナブンとゾウムシとハナムグリとオオナナフシとゴマダラカミキリムシに興味を示した気がする。カブトムシやクワガタは、存在がミーハーすぎて微妙であった。そこの草むらにいつもいる虫が好きであった。

産卵を迎えるオオカマキリのメスは実に食欲が旺盛で、凶暴であった。左手にメスのカマキリ、右手にトノサマバッタ、あるいはカナチョロを持つ。そして、カマキリに与えるとむしゃむしゃとよく食べた。よくこの遊びをした。指を噛まれる事もある。痛い。

学校の机の中には時々カナブンやゾウムシがいた。捕まえて来たやつを給食のパンの袋の中に入れて、休み時間や授業中にこそこそと遊んだ。

トンボにひもをくくりつけて飛ばしたりもした。昆虫採集セットを買ってもらい、注射器でカマキリなどのお腹に薬品を注入した。全部失敗した気がするが、別に殺そうと思った訳じゃなかった。僕も図鑑の様にコンチュウサイシュウをして、虫たちのヒョウホンを飾りたかった。

カマキリがいれば必ず手を伸ばす。アスファルトの上で蝶々が死んでいたら、拾い揚げて草むらの土の上に置く。

あまり変わらない。虫が大好きだ。




と、ここまで書いて急に切なさがこみ上げてきてしまった。どうしてだ。

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May 16, 2007

うれしかったこと

会社に、定年してパートに来ているおじちゃんがいるのだが、たまに他愛のない会話をする。マイペースで話好きな小柄のおじちゃん。温厚に見えるが、今もジムに通い、バタフライで泳いでいるという活動的な人だ。

少し前に自炊の話をしていた時、僕は「新聞をとっていないので、スーパーの安売りのチラシが入らないんです」と話した。するとおじちゃんは、今日チラシが入ったらしく、わざわざ僕のために職場に持ってきてくれた。覚えてくれていたのだ。それは、なんてこと無いただの“ヤオコー”のチラシ。でも、すごくすごくうれしかった。こんな気遣いをしてもらえるなんて・・・。誰かにに気づかれるとなんだか照れくさいので、そっとポケットにしまった。二人だけの秘密だ。

なんて素敵な心使いだろう。

そういえば、以前パートにきていたあるお姉さんがいた。彼女は無農薬の有機農業を営むために自ら勉強をし、いつだったか、長野でいよいよ農業をすることになり辞めていった。他の人とは違ったこだわりと、自分の人生観をしっかりもった人で、どちらかというとマイノリティな僕は心を開きやすかった。度々、自炊のことや食について話を聞き、教えてもらった。

そして辞める最後の日、彼女は突然、「育てた有機野菜をem君のために持ってきたから食べてみてね」といい、それはもうビニール袋いっぱいの野菜を持ってきてくれた。あの時は本当にうれしかった。隠し切れないほどの野菜は会社では少し恥ずかしかったけど、でも野菜はすごく元気でとてもおいしかった。

豊かでやさしい。僕もこんな素敵な心の持ち主になりたい。

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May 15, 2007

「ただいま」

今夜はカレー。こだわりなんてないけど、お店では食べられないおいしいカレー。

今日も疲れた。自分の部屋に帰ってくると安心する。この部屋は自分の世界そのもの、生き写しみたいなもの。だから、心底「ただいま」と思う。「今日も疲れたよ」。

* * * * * * * * * *

教育とは、教えた事が相手の中で育っていくように教える事なんだと思う。僕の言葉が、相手の中でこれからもずっと育っていけばいいなと思う。

これまでに、社会に出てうまくやっていけない学生達を何度もみてきた。しかしそれは、本人にのみ罪を問うてしまって良いものだろうか。彼らはきっと、教育できる大人に出会えなかっただけなんじゃないかな、と思ったりする。

僕も今、罪深い立場にいるのかもしれない。

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May 13, 2007

母の日

今日は母の日。

うちの母にも花束を贈った。実家を離れて暮らしているので、こんな時にしか気持ちを表現できないので恐縮だが、喜んでくれたようで良かった。
毎年、この時期が近くなると何を贈ろうかと考える。花束より鉢植えの方が残るからいいかなとか、でもあの実家に物を増やさない方がいいかもしれないとか、去年は黄色にしたから今年は…とか、色々とある。

一番考えるのは配達される日。インターネットの場合、大概は母の日当日指定は無理で、指定なしの11~13日の間にという様な感じなのだ。「果たして、12/22にクリスマスプレゼントを貰って盛り上がるだろうか」と。

さて。花束は12日に届いてしまった。

いつか手渡しで。

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迷走している

この1ヶ月程ブログをやってみて、改めて読み返してみると、なんだか……。

毎日思った通りに書こうと一生懸命に書いている。でもいつも、翌日みるとなんとなく恥ずかしい。我ながら「あらあら」と思う。硬い文章で考えを熱く語ったかと思えば、ハムの写真並べてみたり、うきうきと買い物報告してみたり。なんで六本木まできて、めだか見てるんだろうとか。我ながら恥ずかしい。

とりあえず、「ひまそうだな」「友達いないな」と思った。

いや、素敵な友達はいる。けど僕は平日休みというか、金土が休みなので遠ざかってしまっているのだ。友達のライブも行けないし、飲み会を計画するにも自分が参加できなさそうだし。思えばバンドをやめたのもその都合であった。

会社の人間は歳近くないし。

一昨日、ひとりで退屈なので、わざと渋谷の街頭アンケートにひっかかってみて、会話を試みたが、結局“先生”を紹介するとかいう話だった。こういうのは良くないのでもうやめようと思った。

これからどうしよう。

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May 12, 2007

六本木ヒルズに

結局、六本木へ来た。Y'sで昨日のカットソーの色違いを買って。毛利庭園の宇宙メダカをしばし観察して。近くのカフェでライスコロッケとコーヒーを買って、草むらを見ながら気の済むまでゆっくりしたのであった。

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久しぶりのめだか

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写真があったほうがいいよなと途中でおもった

いい加減、欲しい飲みものを頼めるようになりたい。今日も間違えた。頼んだカフェラテは予想に反して熱い飲みものであった。ヒルズで5月末にビアフェスが。「ビールデンウィーク」というキャッチはどうかと思うが、行きたい・・・。


いつも電車乗ってるし、Suica買えばいいのではと気付いた。

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ある休日

MOMATの講演会にいくつもりだったが、草むらに水やりなどしていたせいで間に合わなくなった。

さてこのままどこへ着くのか。

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May 11, 2007

Y'sでカットソーを買う

Y'sに行ってきた。担当はいなかった。半ズボンはなかった。一通り見たが、何も買わなかった。裏地がドットのジャケットが気になったが、この時期ジャケット買ってる場合じゃないし。

あっさり終了。正直、「良かった…」と思った。今月はお金使いすぎなのである。


と思ったが、他のY'sでいいカットソーを見つけてしまう。でも予算内だし買う事にした。異素材のレイヤードTシャツ。一見ラグランスリーブだけど途中からそうでもない。パターンがどうなっているのかさっぱりな楽しいカットソーです。

服は着ないとわからない。でもカットソーは肌に近いものだし、試着する時はやっぱり緊張する。女性なら化粧もしているだろうし尚更だろうなと思う。

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表側の布がやわらかくてドレープが出る。白色も買おうかな。

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渋谷にきましたよ

Y'sに行って、渋谷に来ました。さっきそこのShoe BARであぶなく靴を買ってしまうところだった。2足試着してやめてきた。申し訳ない…。

東急ハンズが目的です。

実況したらおもしろいかなと思ったけど、なんか寂しい感じですね。

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写真があったほうがいいよなと途中でおもった

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埼京線の様子

今日は風が強い。2階なのにベランダにカップラーメンの容器がとんできた。こまる。

今は埼京線の電車の中。左となりはズボンがさがった高校生。なんだかふてくされています。反抗期でしょうか。右となりは就活らしき女性。香水がきついです。手を組んで親指をくるくるしています。となりと話をしています。なんだかサディスティックな口調です。

赤羽に着いて人が入れ代わりました。となりのおじさん、なんだかイソくさいです。

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May 10, 2007

否定するより、肯定すること

21_21 DESIGN SIGHTで始まった 深澤直人ディレクション「チョコレート」がおもしろそうだ。深澤直人のプロダクトが好きだし、“チョコレート”という素材がわかりやすくて楽しそう。

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さて。

ここで、「人付き合いが苦手」とか「下手くそ」だとか書いてはいるが、別に何か突出した問題がある訳ではないのであしからず。会社等で、色々な人と他愛のない世間話をしたりするのが苦手という訳である。特に自分の事を話すのが苦手。

それは、自分の事を話すと相手が身構えてしまう事が多いからである。休みに何をしているとか、何が好きなのかとか。僕は残念ながら、例えばテレビや車などには興味がないし、何か気のきいた話題をもっている訳でもない。僕が、うっかり「美術館」とか「洋服」とか「バンド」とか言い出すと急に距離が生まれてしまう。自分の思想を語りだそうものなら誰も寄り付かなくなりそうな勢いだ。だから、あまり変な事は言わないようにしている。



それから、人の悪口や何かを批判するような否定的な話題は好きじゃない。だから、そこに加わると肯定的に意見してしまうので、なんだかめんどくさい空気になってしまう。でも、低きに流されるよりはマシだとも思うけど。

「物事を否定するより、肯定しようとする」方が良いんじゃないかと常々思う。肯定するのは易い事ではないし、勇気がいる。でも、とてもいい事だと思う。肯定をできる人はきっと否定もできる。批判をするくらいなら、もっとよく見て、まず肯定できるポイントを探してみたら良いのではと思う(間違いを正すというのはまた別の話)。ごはんを食べたら『おいしい』がいいじゃないか。




こういう自分と社会との違和感は、今ではもう割り切れる様になった。でも今でもたまに、自分は住む世界を間違えたのかなとかと思う。本当は色んな人とこういう話をしたい。

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May 09, 2007

フレックスが教育係

研修を終えた新入社員が明日から配属されてくる。(僕も同じこの4月の入社だが、派遣からの社員登用みたいなものなので実務的には先輩にあたる)
その「教育係」をやる事になった。人付き合いは下手くそだが、物を教えるのは好きではある。それに、会社に自分の能力をアピールする良い機会だ。



やる気のある人物だといいのだが。かくいう自分も、5年前の新卒の時(辞めた会社)は、新人の中でも抜群にやる気のなさをアピールしていた人物で有名であった。入社式当日から遅刻し、すぐ名前を覚えてもらえた。上司のアドバイスは「髪をくしでとかしなさい」、先輩のアドバイスは「もっとやる気出して」、同期の間では「フレックス(勝手にフレックスタイム制、時間におおらかなので)」とあだ名がついた。先輩への質問は、「お弁当はいくらですか?」だった。

こんな感じであったので、入社3ヶ月目の研修感想文を提出した時に、課長に「これはどこからか写してきたのか?」と真顔で言われてしまった。文章を書くのが好きだったので、ばっちり書いてしまったのがまずかったようだ。でも、これは快感であった。



今はしっかりしてます。割と。

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May 08, 2007

中身がちがう

たとえくだらない事でも書いていこう、というのがこのログの重要な趣旨のひとつである。飾らずに等身大の自分を映し出していこうと。

いかフライを買ったのにささみチーズフライだった。もうがっかりだ・・・。スーパーのお惣菜。いかフライのシールが貼ってあるのに。家につくまでずっと、「いかフライにしょうゆをつけてごはんで食べよう」と楽しみにしていたのに・・・。ささみチーズだって大好きだけど、でもそれは別に買ったのだ。いかフライにしょうゆでごはんが好きなのだ。

念願の「こいぬ」をついにペットショップで買ってですね、家についてバスケットをあけたら、出てきたのが「いわし」だったらどうですか。もう放心するしかないでしょう。

もう、ほんともう・・・

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May 06, 2007

コップのはなし

これは計量コップ。

070506もとは計量カップなのだがコップとして使っているという話。600ml弱量れる。無印良品。利点として、一度にたくさんの量を用意できる、意図した量を飲める、お酒を割る割合がわかる、手が入るので洗いやすい、なんとなく楽しい、がある。

毎朝野菜ジュースを200ml飲む。ペットボトルの野菜ジュース1リットルを、平日5日間に分けて飲む計算だ。このコップなら、「5日目だけどうも量が少ないな」という事がなくなる。

600mlも必要なのかという所ですが、これなら一度お酒を作れば、あとはしばらく作らなくて済む。夏のカルピスも一度で済む。目盛りにしたがって飲み物を注ぐというのもなかなか楽しいものだ。

欠点といえば、毎朝このでかいコップにちょっと(200ml)しか注がないので、飲んだ気がしないという事か。食卓の遠近もおかしくなる。

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Y'sを着るということ

Y'sから葉書が来ている。Vol.2が入荷しているそうで、半袖と半ズボンが欲しいので見に行きたいのだが、迷っている。行くと絶対欲しくなってしまう。でもきっと来週は行ってしまう様な気がする。



Y'sにひかれるのは、この服が自分にとってすごく「自然」だと感じているからである。

反骨精神はもちろん、僕が植物を育てようとする事、絵を描こうとする事、音楽を聴こうとする事、自分らしく生きようとする事、色々な事に向かう為の頑固な姿勢が自分にはひとつひとつあって、でもそれらの根本的な思想や信念はきっと同じ物から始まっている。その多種多様な、しかし一つの自分という大きな“ベクトル”を、満遍なく受け止めてくれるのがY'sの服だと感じている。

時に強かったり弱かったり、ぼんやりしていたり研ぎ澄ましていたり、内外関係なく、寝ても覚めても自分がどんな精神状態にあっても、Y'sを着ていて違和感を感じる時は全くなくて、なんというか身につけていて当たり前な感覚がある。



うまくまとめられない。もちろんお洒落をしようとする気持ちがあるから着るのだけど、でもそれ以前に、それとはまた別の物として自分の中で成り立っているのである。

Y'sは僕が人生の上で密に関わろうとする全てのものと、見事にイコールの関係を結んでいく。それはリアルクローズとしてのY'sが、いかに優れた衣類なのかという事であると思う。「ヨウジヤマモト プル オム」ではなくて「Y's」を好むのは、そこに理由があるのかもしれないと最近は考えている。その洋服は、“究極的でかつ自然体”なのだ。



これから長い時間をかけて試行錯誤をし、自分の思考をさらに成熟させていったとしても、やっぱりY'sの洋服は毅然としてその答を体言していて、やはり自分はその時も違和感なく袖を通す事ができるような気がする。




・・・だいぶ熱狂的ですね。

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May 05, 2007

限界標示

本を買ってきた。「日本の歴史 8 蒙古襲来」BOOK OFFで105円。

070505a 辞書の様に箱ケース付きで、中の本の装丁も辞書の様。

このころの日本は外国から金の国だと思われていたらしい。国王は金の城に暮らしているとかなんとか。

後はアクリル絵の具と筆を用意した。発色が良く、乾きも早いし、重ねてもにじまないので最適。時間は朝の6:30。早起きが好き。

で、なにを始めるのかというと・・・

これがやりたかったのだ。「なにこれ」と思って頂けたら幸いである。塗ったさっきの本。070505b

とてもよくできた。うん。女子が好みそうなフランスとか木と緑のただのナチュラルな空間が、これのおかげでだいぶおかしくなった。すごく楽しい。

これはいい加減何かと言うと、3月に見た中村宏の展覧会、第4章「鑑賞の行方」にあった<限界標示>の真似。こんな風に分厚い本にペイントしてあった。あの展覧会はすごく楽しかった。こうして再現してみてあらためて思い出した。これをやりたいがためになるべく似たような本を探して買ってたという訳である。でも実際はもっと厚かった気がする。

でも気に入った。

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May 04, 2007

無印良品のメールニュース

昨晩届いた無印のメールニュースがおもしろかった。無印にしては意外な文面。

『獲れたてほっくほくの最新情報を、どどーんとお届けしたいと思います!』

と始まる。その他、自分につっこんだりもしており、楽しそうな人だなと思った。僕もこういう文面にしてみようか。

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最近、エスビー食品の「生風味からし明太子」スパゲティソースにどどーんとはまっています!な、なんと茹でたパスタに混ぜるだけ。料理としてはかなり手抜きですが、獲れたてのめんたらこ(?)に、おなかもほっくほくです。本当においしくておトクです。ちょっと気になるあの人にも♪





無理がある。

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May 03, 2007

アルテシマの葉が落ちていく

ピンチである。一日一枚、買ってきたばかりのアルテシマの葉が下の若葉から順に落ちていく。何がいけないのか…。ここは植物が生きていけないようなひどい部屋だったのか。わりと良い部屋だと思うんだけど。


葉を減らして環境に適応しようと頑張っているのかもしれない。今日は窓際の日の当たる所に置いて家をでてきた。ついでに他の植物も全部そこに並べてきた。元気になるだろうか。

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May 02, 2007

「DENALI」 1st

ここ何ヶ月かCDを買っていなかった。あまり聴きたくなるものもなく、家にはテレビはないので無音か、たまにポッドキャストのアパレル情報番組などを聴く様な感じだった。

070502 そんな折りたまたまネットで「DENALI」のライヴの映像を観た。暗闇の中で歌う彼女は雰囲気が増してすごく良い。

それで思い出したようにDENALIのCDを買いに行った。2ndはすでに持っていて、廃盤だと聞いてずっと探していた1stをHMVで見つけた。

DENALIはdeftonesの前座を務めた事もあり、透明感のある歌声とギターのアルペジオ、悲しげで儚い曲調が心地良い。でも2005年に解散してしまっている。本当に残念に思う。ライヴが観たかった。

オフィシャルへのリンクを貼るつもりだったが、さっき見たらもうサイトがなくなっていた。つい先日チェックしたばかりなのに。このわずかの間に削除されてしまったようだ。これは廃盤になる前にDVDも買っておかなくては。

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May 01, 2007

「緑が好きだけど、雑草は抜く」という行為について

ホーローのスタッキングカップを買ったので、フィロデンドロンを植え替えた。所々が朽ちたホーローがいい感じではまりそうだ。

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会社に行く途中に通る歩道の脇には、ツツジの植え込みが続いている。この広く整備された歩道はまだできて間もない。しかし、その植え込みにはいわゆる雑草が育ち始め、大きいものはもうツツジより背が高く伸びている。通る度にいつも、「成長が早くてすごいな」と思っていた。

今日通ると、近所の人物が手入れをしたようで、一部が抜かれてツツジの根本に放置してあった。しかしその抜かれた雑草の姿が、根本からちぎられ、しおれていて思ったより痛々しいのである。それを見て、何か人のエゴというか、何かが矛盾しているという感覚を覚えた。


でも、「雑草だって生きているんだ」とか「殺すな」とかいう話をしたい訳ではない。例えば、僕が庭をもったとして、そこに生えてきた雑草は僕だって抜こうとするだろう。しかし、一方では、観葉植物に愛着をもち手をかけて育てようとする。つまり、いったい僕は今育てている「植物」の何を見ているのだろう、ということだ。観葉植物と雑草は何が違うのだろう。

自然を愛そうとする人は、雑草を区別したりもしないものなのだろうか。僕にとって植物を育てるのは、見た目が美しいからという理由だけではなくなってきている。すくなくともそれらが「生きている」という事に魅力を感じていて、またそれを途切れさせたくないと強く思っているはずなのだ。それなのに、雑草の命は途切れてしまってもいいと判断してしまうのは、結局の所全てが自分のエゴでしかないという事になってしまうような気がして・・・。

わからない。




自分が命の尊さを感じれる様になったとか、自然を美しいと思える様になったとか、それは勘違いだったのではないか。鑑賞するため、景観を整えるため、所詮その程度の感覚だったのではないかと思い、ショックであった。

一日中考えた。「人のエゴである」と言う事実を知り、受け止めることにも意味があるかもしれない。そして謙虚に、命とか自然愛とか大それた事は言わない。ただこれからは、「抜かれる雑草もあるんだ」という事を知った上で植物を育てていくことができれば、何かが変わるのではないだろうか。




こんなめんどくさい事考える人いますか?

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